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理由を知るとゾッとする…中国が日本人を相次ぎ「スパイ摘発」するワケ、2500年前の『孫子』にあった教えとは?

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  • ダイヤモンド・オンライン

 『孫子』と聞くと、古代の兵法書やビジネス書を思い浮かべる人が多いだろう。しかし現代中国では、この2500年前の古典が軍事だけでなく、公安や国家安全、さらにはスパイ活動の研究にも活用されているという。中国の研究者たちは『孫子』から何を学び、どのように現実の情報戦に応用しているのか。※本稿は、紀実作家の安田峰俊『中国ぎらいのための中国史』(PHP出版)の一部を抜粋・編集したものです。

● 毛沢東の軍事戦略により 再評価された『孫子』

 後漢末、三国志で有名な曹操は『孫子』がお気に入りで、自らテキストを整理して注釈を加えたほどだった(『魏武注孫子』)。武人の登用試験である武科挙においても、『孫子』のテキストはよく出題された。

 だが、儒教の影響が強い伝統中国の社会では、文事を重んじて武事を卑しむ風潮が強く、『孫子』は士大夫(儒教的知識人)からはあまり好まれない書物だったのも確かだった。

 そうした評価が変わったのは、実は20世紀になってからである。毛沢東の軍事戦略のなかに『孫子』の影響がみられ、ゆえに再評価が進んだのだ。

 たとえば、1929年に毛沢東が提唱した中国工農紅軍(人民解放軍の前身)の基本戦術「十六字訣」と、『孫子』の「計篇」の本文をそれぞれ並べてみよう。

敵進我退、敵駐我擾、敵疲我打、敵退我追。(敵が向かってくれば退却し、敵が駐留していればかき乱し、敵が疲れれば攻撃し、敵が退却すれば追撃する)「十六字訣」

利而誘之、乱而取之、実而備之……。(敵が利益を欲しがっていればそれをエサに誘い出し、敵が混乱していればその戦力を奪い、敵の戦力が充実していれば防備を固め……)『孫子』「計篇」
 その表現も含めて、そっくりな戦略である。

 毛沢東の紅軍は、敵の国民党軍よりも絶対的な兵数が劣っていた。ゆえに、敵軍を少数部隊にバラけさせてこちらに有利な場所に深く誘い込み、そこで自軍の兵力を集中させて叩くことで、個々の戦場における相対的な兵数優位を確保して戦う戦法が取られた。これも『孫子』の「虚実篇」に登場する「能く寡を以て衆を撃つ者」の記述と酷似している。

 次の鄧小平の時代に、まだ国力が低かった中国が採用した韜光養晦(対外的な積極策に出ずに力を蓄えて機を待つ外交戦略)や、近年の尖閣諸島近海や南シナ海で中国の公船がおこなっているサラミスライス戦術(離島の周辺海域に少しずつ進出して既成事実を積み重ねる手法)も、『孫子』の影響が否定できない。相手と自分の実力差を正確に認識したり、自己の実力を隠したり、相手の無防備な場所を狙って攻めたりするのは、孫子の兵法における基本中の基本だからだ。

● 軍隊以外の国家機関でも 提唱されている孫子の兵法

 現代中国で面白いのは、軍隊以外の国家機関でも孫子の兵法が提唱されていることだ。

 なかでも多いのが公安部門である(なお、日本語の「公安」はインテリジェンス部門だけを指すが、中国の場合は刑事や交通なども含めた警察全体が「公安」と呼ばれる)。

 中国の論文検索サイトで「孫子兵法 公安」とサーチすると、警察関係者の論文を中心に50件あまりが引っかかる。ざっと眺めると、たとえば当局の国民管理が脆弱だった胡錦濤政権時代の末期は、群体性事件(庶民によるデモや暴動)が年間で数十万件も起きていた時期であるためか、国内治安維持に『孫子』を活用しようという提言が目立つ。

 たとえば2013年12月の辛昊という人物の論文だ。

 こちらでは「群体性事件の処理はむやみな力押しを避け、法的正当性や道義・力・心理などの各面で抗議者よりも優勢になることで相手の戦意をくじけ」といった群衆鎮圧術が、『孫子』の「謀攻篇」や「虚実篇」の記述に基づいて論じられている。同テーマの他の論文も、抗議者たちと戦わずに勝て、事前に勝てる体制をつくり現場の主導権を握れ、といった論調で孫子の兵法の活用を提案するものが多い。

● 『孫子』を情報工作にどう応用? スパイ研究者による6つの提言

 もっと面白いのは、2023年1月に発表された『孫子』の「用間篇」に関連する論文だ。用間とは、スパイを用いることである。

 この研究には、福建省習近平新時代中国特色社会主義思想研究センターという組織から、サイバー・ディスインフォメーション研究の名目で資金が提供されている。筆頭著者の周家駒は中国人民公安大学の国家安全学院に所属する人物だ。

 中国語でいう「国家安全」は、ほぼインテリジェンス分野を指す概念である。

 つまりこの論文は、中国のスパイ研究機関の内部の人物が、ほぼ公費による研究を通じて、『孫子』が教えるスパイ活用論を現実の情報工作に応用する方法を論じた文書なのだ。

 論文の主な提言内容を、以下に箇条書きで挙げよう。

 ・いかなる情報源も疎かにしてはならない。
・ただし、単一の情報源に依拠してはならない。
・制度的に保証された高度な諜報システムを確立せよ。
・賢い人間をスパイにせよ。
・スパイには十分な報酬を与えよ。
・機密保持のためには、作戦指導者と個人的に親しい人物をスパイにするのが望ましい。

 最後の項目は、コネが重視される中国ならではだ。

 ちなみに、近年は福建系の公安組織が国際インテリジェンスの舞台で活発に活動する例が多い(この論文の研究資金の提供元も福建省の機関だ)。

 2023年、日本の秋葉原に設置が確認された中国警察の海外拠点(通称「海外派出所」)も福建省福州市公安局の傘下である。福建省はかつて習近平が約20年も勤務した土地で、彼やその寵臣の蔡奇(党内序列5位。福建省出身で国家安全委員会主任)らにとって「親しい人物」が多いため、諜報活動の窓口として使いやすいのだと考えられる。

● 『孫子』の「用間篇」で 最も重視される「反間」とは?

 ところで、『孫子』の「用間篇」はスパイ活動を因間(敵国の民間協力者の利用)、内間(敵国の官吏の協力者の利用)、反間(敵国のスパイの逆利用)、死間(自国のスパイを通じて敵国を動かす情報活動)、生間(敵国に繰り返し潜入する情報活動)の5種類に分けている。

 論文の著者の周家駒たちは、5種類のうち「反間」を最も重視せよとも述べている。

 つまり、敵国のスパイを買収して、そこから敵国の意図を知ったり協力者を増やしたりする戦略のことだ。現実の運用では、買収まではできなくとも、敵側のスパイ網に連なる人物を摘発・拘束して情報を得ることも含まれるだろう。

 中国は2014年に反スパイ法を施行して以降、理由を明確に説明しない形でしばしば外国人を拘束している。日本人も、少なくとも17人が拘束された。日本側の報道によれば、被害者の一部は日本のインテリジェンス機関である公安調査庁の協力者だったとされる。

 通常、インテリジェンスの世界における軽度のスパイは「お互い様」なので、捕まえずに泳がせるのが不文律だという。それを破る形での摘発が相次いでいるのは、近年の中国の公安部なり国家安全部なりで、『孫子』の反間が意識されているせいかもしれない。

安田峰俊