「頭のいい人」と聞くと、多くの人が「IQの高い人」を思い浮かべるでしょう。
計算が速く、複雑な問題を短時間で解き、記憶力に優れ、知識量が豊富な人です。
しかし、現実の世界で画期的な発見や発明を生み出すためには、IQの高さだけでは不十分かもしれません。
近年、創造性を研究する分野で注目されているのが、まったく関係がないように見える異分野の領域を結びつけ、そこから新しいアイデアを生み出す能力です。
このような能力は、一部の研究者から「統合的知性(integrative intelligence)」と呼ばれています。
統合的知性を持つ人は、ある分野で使われている考え方を別の分野へ持ち込み、誰も気づかなかった共通構造を発見します。
単に物知りなのではなく、異なる知識を組み替えて、新しい答えをつくり出せるのです。
ところが現代では、この統合的知性を育てるのがますます難しくなっているという。
では、統合的知性を手に入れるには、どうすればいいのでしょうか?
目次
- 天才ダーウィンも「統合的知性」を応用していた
- 統合的知性をもちやすい「性格特性」とは?
- 現代では「統合的知性」が育ちにくい?
天才ダーウィンも「統合的知性」を応用していた
統合的知性について最も起こりやすい誤解は、「幅広い知識を持っている人」と勘違いしてしまうことです。
たとえば、ジャズの歴史にも詳しく、進化生物学の基礎も知っており、さらに建築デザインについても語れる人がいたとします。
確かに知識の幅は広く、非常に教養のある人物です。
しかし、それだけで統合的知性が高いとは限りません。
統合的知性で重要なのは、
知識をたくさん蓄えていることではなく、異なる分野の知識の間にある「構造的な共通点」を発見し、それを新しい問題の解決に利用すること
です。
その代表例として挙げられるのが、進化論で知られるチャールズ・ダーウィンです。
ダーウィンは博物学の知識だけを使って、自然選択の仕組みにたどり着いたわけではありません。
彼は経済学者トマス・マルサスが人口について論じた考え方に注目しました。
マルサスは、人口が増えても食料や土地などの資源には限りがあるため、人々の間で生存をめぐる競争が起こると考えました。
ダーウィンは、この「増え続ける個体と有限な資源との競争」という構造が、人間社会だけでなく、自然界の生物にも当てはまることに気づきました。
そして、生存や繁殖に有利な特徴を持つ個体がより多く子孫を残すという、自然選択の発想へとつなげていったのです。

ここでダーウィンが行ったのは、単なる知識の収集ではありません。
人口論という分野で使われていた枠組みを、生物種が変化する仕組みを説明するために移し替えたのです。
このように、ある領域の問題と別の領域の問題に共通する構造を見つける思考を、「類推的推論」と呼びます。
類推的推論とは、目の前の問題が、別の場所ですでに異なる形で解決されていることを見抜く能力です。
先行研究でも、類推的推論は、複数分野を横断する思考と創造的な成果を結びつける重要な認知メカニズムだと報告されています。
たとえば、生物の働きをアルゴリズムとして捉える科学者がいるかもしれません。
水や空気の流れを研究する流体力学から、建物の構造を考える建築家もいるでしょう。
数学者が証明を積み上げるように、音楽の和声を組み立てる作曲家も考えられます。
こうした人々の頭の中では、一般には別々だと考えられている分野の境界が、それほど強く固定されていません。
ただし、異なる分野を結びつければ、どのような発想でも優れているわけではありません。
本当に意味のある統合を行うには、表面的な似ている点ではなく、問題の背後にある仕組みや関係性を正確に理解する必要があります。
そのため、統合的知性には、幅広い好奇心だけでなく、複数の分野を深く学ぶ力も求められるのです。
統合的知性をもちやすい「性格特性」とは?
統合的知性を生み出しやすい性格として、特に強く関係していると考えられているのが「経験への開放性」です。
経験への開放性とは、心理学で性格を説明する「ビッグ・ファイブ」と呼ばれる5つの主要特性の1つです。
この傾向が強い人は、
未知の経験や新しい考え方、複雑なもの、簡単には分類できないものに好奇心や関心を持ちやすい
とされています。
経験への開放性が高い人は、自分の専門外にあるものを、すぐに「自分には関係がない」と切り捨てません。
むしろ、よく分からないものや矛盾して見えるものに引きつけられます。
また、答えが出ていない状態に比較的長く耐えられることも重要です。
多くの人は、明確な答えが見つからないと不快になり、早く結論を出そうとします。
一方、統合的な思考をする人は、異なる2つの分野の間に何らかのつながりを感じると、すぐに答えが出なくても、その疑問を数カ月、場合によっては数年間持ち続けられます。

たとえば、昼間は信号処理を研究しているエンジニアが、夜になるとクラシック音楽の作曲法を学んでいるとします。
音楽が直接仕事に役立つと分かっているわけではありません。
ただ、音楽における緊張と解決の構造が、自分の扱っている信号処理の問題にどこか似ているように感じているのです。
外から見れば、仕事とは関係のない趣味に時間を使っているように見えるかもしれません。
しかし、このような異分野間の「知識の交配」から、これまでになかった解決法が生まれることがあります。
とはいえ、経験への開放性が高いだけでは、統合的知性にはなりません。
新しいものに次々と興味を持っても、すべてを表面的に眺めるだけでは、異なる分野を正確に結びつけることは難しいからです。
統合的知性に必要なのは、
・1つのテーマを長く学び続ける忍耐力
・考えを厳密に検証し、本質や構造、類似性を見抜く洞察力
・複数の領域で本物の専門性を身につける努力
です。
興味の範囲が広くても、理解が浅ければ、それは単なる知識欲の範囲にとどまります。
一方、幅広い関心を持ちながら、それぞれの分野を深く理解できれば、知識同士を結びつけることが可能になるでしょう。
現代では「統合的知性」が育ちにくい?
現代社会が直面している問題の多くは、1つの専門分野だけでは解決できません。
新しい医療技術を開発するには、生物学や医学だけでなく、情報科学、工学、倫理学などの知識が必要になることがあります。
気候変動に対応するためには、気象学や生態学に加えて、経済学、政治学、社会心理学などの視点も欠かせません。
人工知能を社会で安全に利用するためにも、コンピューター科学だけではなく、法律、哲学、教育、労働問題などを横断して考える必要があります。
つまり、現代ほど統合的知性が必要とされている時代はないとも考えられます。
ところが、教育や研究、職業生活の評価制度は、しばしば人々を反対方向へ進ませます。
たとえば、心の哲学について本格的に学び、計算モデルにも関心を持っている学生が、神経科学の大学院へ進んだとします。
本人は、脳の仕組みを哲学とコンピューター科学の両方から考えたいと思っているかもしれません。
しかし、研究者として評価されるためには、特定の狭いテーマに集中することを求められる場合が多々あります。
研究論文は既存の専門領域ごとに分かれた学術誌へ投稿され、就職活動では「何を専門とする研究者なのか」を短く明確に説明しなければなりません。
複数の領域を行き来する研究者は、独創的であると評価されるより先に、「専門が定まっていない」と見なされる可能性があります。
そのため、将来的には大きな発見につながるかもしれない知的な寄り道が、現在の評価制度では不利に働くことがあります。
つまり、学問の専門分野化が、統合的知性の成長を妨害している可能性があるのです。

まとめ:統合的知性は「知識の量」ではなく「知識のつなぎ方」
統合的知性は、IQテストのように1つの数値で簡単に測定できる能力ではありません。
また、心理学において誰もが同じ定義で使用している、完全に確立された知能分類というわけでもありません。
それでも、異なる分野の知識を深く理解し、その間に共通する構造を見つけ、新しいアイデアへ変換する能力が、創造的な成果において重要であることは確かです。
統合的知性を持つ人は、単に多くのことを知っている人ではありません。
一見すると無関係な知識を、正確かつ意外な方法で結びつけられる人です。
そして、その能力を支えているのは、新しいものへ向かう好奇心だけではありません。
答えの出ない疑問を抱え続ける忍耐力、複数の分野を深く学ぶ規律、矛盾する考え方をすぐに切り捨てない柔軟性が必要です。
現代社会では専門化が進み、1つの分野を深く掘り下げることが求められます。
専門性そのものは、もちろん重要です。
しかし、専門分野の壁を越える時間まで失ってしまえば、知識は深くなっても、互いに孤立してしまうかもしれません。
天才とは、誰よりも多くの答えを知っている人ではなく、誰も結びつけなかったものの間に、つながりを見つけられる人なのかもしれません。
参考文献
This Is the Rarest Type of Intelligence
https://www.psychologytoday.com/us/blog/social-instincts/202607/this-is-the-rarest-type-of-intelligence
ライター
千野 真吾: 生物学に興味のあるWebライター。普段は読書をするのが趣味で、休みの日には野鳥や動物の写真を撮っています。
編集者
ナゾロジー 編集部



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