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伏見俊昭さん死去、50歳 競輪レース中落車、アテネ五輪「銀」

2026/07/20 07:30

伏見俊昭さん

 競輪とオートレースを統括するJKAは19日、2004年アテネ五輪の自転車男子チームスプリントで銀メダルを獲得した白河市出身の競輪選手の伏見俊昭(ふしみ・としあき)さんが同日午前10時15分、頸髄(けいずい)損傷のため死去したと発表した。50歳だった。三重県松阪市の松阪競輪場で18日に行われたレースで前方の2選手が落車した際、そのあおりを受けた選手をよけようとして外柵に激突。松阪市の病院に搬送されていた。

 伏見さんは白河実高卒。1995年に競輪選手としてデビューし、通算619勝をマーク。01年と07年に最高峰レースの「KEIRINグランプリ」を制覇。01年には最優秀選手賞に選出された。オールスターや日本選手権などG1でも通算5勝を記録した。

 自転車競技では、00年、01年にアジア選手権のケイリンで優勝。アテネ五輪では、男子チームスプリントで長塚智広、井上昌己の両選手と出場。自転車競技では日本人として初めての銀メダルを手にし、同年、白河市民栄誉賞を受賞した。08年の北京五輪では男子ケイリンに出場した。

 師匠の班目さん「まだまだ頑張れると」

 ありがとうございましたー。銀メダルを獲得したアテネ五輪の表彰式後、伏見さんはそう言って、師匠であり日本代表のコーチを務めた班目(まだらめ)秀雄さん(82)=白河市=の首にメダルをかけた。「一番の思い出は現地で共に挑んだアテネ五輪。半年近い強化合宿で完璧に仕上げ、結果を出した。しっかりと目標を掲げ、達成に向けて努力できる選手だった」。班目さんはそう振り返る。

 18日のレースをインターネット中継で見ており、落車した姿に心配していた。「まだまだ頑張れると思っていた。とても残念だ」と肩を落とした。

 伏見さんが白河実高2、3年時に自転車競技部の顧問だった小松久勝教諭=平工高=は「負けず嫌いで何をするにも一生懸命だった」と当時の姿を思い出す。「アテネ五輪後は同級生とうちに泊まってメダル獲得を祝った。平工高自転車競技部の部室も寄贈してくれた」と言葉を詰まらせた。

 伏見さんの後輩にあたる白河実高自転車競技部員12人には19日の練習後、顧問の中野目啓(ひらく)教諭(58)から訃報が伝えられた。部員たちは偉大な先輩の悲報に驚いた様子だったという。伏見さんは20年ほど前、GI優勝記念として同部に競技用のホイールを寄贈しており、「寄贈 伏見俊昭」と刻印されたホイールは現在も大切に使われている。今月末から大阪府で始まる全国高校総体(インターハイ)にもそのホイールを使って臨むという。中野目教諭は「伏見さんへの思いを胸にベストを尽くしたい」と話した。

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